2014年04月10日

ホルマジオのスタンド、リトル・フィートの元ネタ アメリカのロック・バンド リトル・フィート (Little Feat)

ギャング団「パッショーネ」の暗殺専門部隊の一人ホルマジオのスタンド「リトル・フィート」の元ネタは、アメリカのロック・バンド、リトル・フィート (Little Feat)だ。

リトル・フィートは、フランクザッパのマザーズ・オブ・インヴェンションに在籍していたギターのローウェル・ジョージとベースのロイ・エストラーダが中心になって1969年に結成されたバンドだ。バンド名の由来はマザーズ・オブ・インヴェンションにいた時にドラマーのジミー・カール・ブラックに「お前の足は小さいなぁ」と指摘されたことから来ているらしい。小さい足(Little Feet)から小さな偉業(Little Feat)となったわけである。

上記のローウェル・ジョージとロイ・エストラーダの他に、ローウェル・ジョージの知り合いであったピアニストのビル・ペイン、リッチー・ヘイワードというのが結成時のメンバーである。ビル・ペインはかつてローウェル・ジョージの紹介でフラタニティ・オヴ・メンというバンドに加わり、そこでのちにリトル・フィートのドラマー、リッチー・ヘイワードと知り合う。リッチー・ヘイワードはフラタニティ・オヴ・メンの後ローウェル・ジョージ1965年にザ・ファクトリーというバンドを結成しシングル1枚を出して解散してしまい、彼らはしばらく別行動をとる。そしてローウェル・ジョージがマザーズ・オブ・インヴェンション脱退後に新しいバンド結成するために、かつての知り合いを召集したのが1969年のことである。

そして1971年に『リトル・フィート(Little Feat)』でデビューし、「トラック・ストップ・ガール(Truck Stop Girl)」がザ・バーズ(The Byrds)によってカヴァーされ、初期の名曲「ウィリン(Willin')」が数々のミュージシャンのレパートリーとなるが商業的には成功しなかった。玄人受けするミュージシャンズ・ミュージシャンという印象であった。

1972年に「ウィリン」の再演を含んだ、名曲の多い2ndアルバム『セイリン・シューズ(Sailin' Shoes)』を発表するが、また商業的には失敗に終わる。ちなみこのアルバムから彼らの特徴の一つである、アメリカのイラストレーター、ネオン・パークが手がけたイラストがジャケットに採用されている。あのイラストを見ればすぐにリトル・フィートを思い出すだろう。

その後ロイ・エストラーダが脱退し、ケニー・グラッドニーを新ベーシストとして迎える。同時にパーカッションのサム・クレイトンも加わっている。さらにギタリスト、ポール・パレアも迎えている。そして1973年に今回紹介する、彼らの最高傑作との呼び声が高い『ディキシー・チキン(Dixie Chicken)』を発表する。ここで聴けるニューオリンズR&Bの色合いを濃くしたそのサウンドは、リトル・フィート・サウンドの一つの頂点を極めている。そしてこのサウンドを可能にしているのがメンバー個々の卓越した演奏技術である。しかしバンドの中心はあくまでもローウェル・ジョージであり、この作品の10曲中7曲を彼が作曲あるいは共作しており、プロデュースまで担当しおり、彼の作曲する泥臭く、しかしどこか洗練されたようなファンキーなロックを腕が確かなメンバーが完璧に表現しているのである。1970年代を代表するロック・アルバムではあるが、発売当時はあまり売れず、正当に評価されていたとは言い難い。

ちなみにローリング・ストーンズのミック・ジャガーやハンブル・パイのスティーヴン・マリオットなどミュージシャンの中には彼らのファンが結構いたりする。あのレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジなどはローウェルジョージを最も尊敬するミュージシャンとして挙げているほどだ。同じくレッド・ツェッペリンのロバート・プラントはソロ・ツアーの際のバック・バンドのドラマーにリッチー・ヘイワードを起用している。日本のアーティストではサザンオールスターズがデビュー・アルバム『熱い胸さわぎ』に「いとしのフィート」という曲を収録している。


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