2014年04月11日

パンナコッタ・フーゴのスタンド、パープル・ヘイズの元ネタ ジミ・ヘンドリックスの「紫のけむり(Purple Haze)」

ブローノ・ブチャラティの部下の一人パンナコッタ・フーゴのスタンド「パープル・ヘイズ」の元ネタは、アメリカが生んだ偉大なロック・ギタリストでありシンガー・ソングライターでもあるジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)の2ndシングル「紫のけむり(Purple Haze)」だ。

1942年に生まれたインディアン、チェロキー族の血を引くジミ・ヘンドリックスは、9歳の時に両親が離婚し、父親に引き取られることになる。1958年に実母が亡くなり、父親の意向で葬儀にも参列させてもらえなかったという。その心の傷が生涯消えることはなかった。

幼少時には父親が集めたデューク・エリントン、カウント・ベイシー、ルイ・ジョーダンなどのレコードが家ではよくかかっていた。そして15歳の時ギターを手に入れ、いろんなバンドで演奏し実力をつけていき、そこから彼の音楽的才能は開花していく。その後高校に入学するもすぐに退学し、目標のない生活を送る。そして自ら志願して軍隊に入隊する。そこで生涯の仲間と呼べるビリー・コックスと出会う。そして軍隊の中でもバンド活動をするようになる。

そしてジミとビリーは共に除隊し、1962年に軍隊で結成していたザ・キング・カジュアルというバンドの別ヴァージョンを結成する。そしてこの頃は生活するために色んなアーティストのバックを務める。ちょうどこの頃カーティス・メイフィールドとも出会っている。

その後アイズレー・ブラザーズのギタリストとしてツアー回るが、1964年にかつて過ごしたナッシュビルに立ち寄った際に脱退する。そしてナッシュビルあるオーディションを受けに行った際に、尊敬するブルース・マン、アルバート・キングと出会い、親しくなる。翌1965年にはリトル・リチャードのバックバンドとしての仕事を手に入れる。しかしリトル・リチャードのわがままぶりが嫌になり脱退する。その後もアイク&ティナ・ターナー、サム&デイヴ、と数々のアーティストとステージをともにするが長続きせず、ニューヨークに戻り、デモテープを持ってレコード会社を回るようになる。

そしてスクエアーズというバンドのカーティス・ナイトと知り合い、バンドに加わるようになる。その後1966年にはキング・カーティスのザ・キングピンズに加入。しかしすぐに脱退しソロとしてライヴをやるようになり、バックにバンドは従えるがそのメンバーはかなり流動的であった。そして評判が評判を呼び、この時に運命的な出会いをする。ローリング・ストーンズのキース・リチャーズの恋人リンダ・キースが熱心に彼のライヴを観に来るようになり、そして彼女が連れてきたのが当時アニマルズに在籍していたベーシストのチャス・チャンドラーである。そして彼に誘われてイギリスに渡るのである。これには理由があり、チャスが、「イギリスに渡ればエリック・クラプトンに合わせてやる」と言ったからだという。

イギリスに着いたジミはすぐに新しいバンドを組むためにメンバーを探すことに。そしてアニマルズの新ギタリストのオーディションを受けに来ていたノエル・レディングをベーシストとして迎えることになる。ドラマーがなかなか決まらなかったが最終的にチャスがミッチ・ミッチェルを探してくる。そしてバンド名をザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスとして活動をスタートさせる。

そしてデビュー・シングル12「ヘイ・ジョー(Hey Joe)」の後、第2弾シングルとして発売されたのが、今回の元ネタになっている14「パープル・ヘイズ(Purple Haze)」である。いきなりインパクトのあるジミのギターのイントロから始まるこの名曲は、アメリカの60年代を象徴するような曲で、よく60年代の昔のアメリカの映像が流れたりするとバックにかかっていたりする。誰でもこのギターのリフは聞いた事があるのではないだろうか。

この2曲以外にも名曲が目白押しの1stアルバム『アー・ユー・エクスペリエント?(Are You Experienced?)』であるが、なぜか国内盤は非常に入手しにくい状態である。昔から日本では非常に評価が低いのはなぜなのだろうか。おそらく欧米と日本ではその評価にかなりの差があると思われる。

彼だけでギターの歴史、いやロックの歴史の針をどれだけ先に進めたことだろうか。それぐらい後世のアーティストに多大な影響を与えたカリスマ・ミュージシャンである。ここはあえてミュージシャンとしたい、なぜなら彼のライヴなどのパフォーマンスは明らかにジャズのそれであった。あのアドリブの嵐や、ジャム・セッションから作曲する姿勢などは紛れもなくジャズである。それに彼は晩年かなりジャズを意識していたという。そして彼の葬儀には、あのジャズの帝王マイルス・デイヴィスも参列していたのだから、ジミに何か感じるものがあったのだろう。狭いジャンルで語れないが、とにかくこのアルバムを聴かなければロックは語れないと断言してもいい。ロックが誕生して約60年、カリスマ性で言えば最高ランクに位置するのではないだろうか。27歳という若さで亡くならなければ、今頃どんなアーティストになっていたのか。


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