2014年04月15日

プロシュートのスタンド、ザ・グレイトフル・デッドの元ネタ アメリカのロック・バンド グレイトフル・デッド (Grateful Dead)

ギャング組織「パッショーネ」の暗殺専門部隊の一人プロシュートのスタンド「ザ・グレイトフル・デッド」の元ネタは、アメリカのロック・バンド、グレイトフル・デッド (Grateful Dead) だ。

グレイトフル・デッドの中心人物であるジェリー・ガルシアは以前、ギタリストのボブ・ウェア、キーボードのロン・マッカーナンと共にマザー・マクリーズ・アップタウン・ジャグ・チャンピオンズを率いていたギタリストで、ブルーグラス・バンジョーのプレイヤーでもあった。そして1965年にベーシストのフィル・レッシュ、ドラマーのビル・クルーツマンを迎えて、名前をワーロックスを経て最終的にグレイトフル・デッドを名乗ることになる。

そして1967年大手レコード会社ワーナーから1stアルバム『グレイトフル・デッド・ファースト(The Grateful Dead)』を発表する。この作品ではまだ彼ららしさはみられない。翌68年の2ndアルバム『太陽の賛歌(Anthem Of The Sun)』ではライヴ録音にスタジオでの音を重ね、さらにスタジオ録音の楽曲をランダムに配置した、当時としては非常に画期的なサウンドが聴ける。ここから彼らならではのトリップ・ミュージックが始まるのだ。この作品からミッキー・ハートがドラムとして加わり、ツイン・ドラムになる。

そして翌69年には初期のスタジオ・アルバムの代表作『アオクソモクソア(Aoxomoxoa)』と、今回紹介するライヴ・アルバムの名盤であり、彼らの最高傑作の呼び声が高い『ライブ・デッド(Live/Dead)』を発表する。前者はサイケデリック色が非常に強く、それでいてカントリーやフォークの色もあるという非常に多彩なアルバムである。内容ももちろん良いが個人的には彼らのアルバムの中で1番好きなジャケットである。そしてこの作品から本格的にロバート・ハンターが作詞担当としてバンドに加わる。

そして、彼らの真骨頂であるライヴを体験できる傑作『ライブ・デッド』は商業的にも成功した作品ではあるが、発売当時は既発の曲は1曲のみというライヴ・アルバムとしては異例の内容である。しかしこれが彼らのやり方で1つの曲を2、3年かけてライヴで演奏し、完成の域にもっていくのだ。そもそもアルバムを重視しているバンドではないのだ。

あくまでもライヴが中心であり、そしてなによりもファンを第一に考える彼らは、コンサートの録音を許可していた非常にめずらしいバンドである。そして最高のライヴをするために世界でも最高級の音響機材を使用していたために、移動や設置にかなりの手間がかかったという。そんな機材と共にするライヴであったために、結局1度も来日することなく解散してしまった。この来日をしていないということが、いまいち日本では人気が出ない要因ではないだろうか。おそらく、このアルバムでも聴けるような即興演奏の嵐を聴くと、また日本での評価も違ったのではないだろうか。長い時には8時間にもおよぶライヴもあったそうで、ぜひ見てみたかった。

個人的には、はっきり言ってヴォーカルはいらない。延々と続くジェリー・ガルシアとボブ・ウェアのギターを聴いていたい。この作品の聴き所はやっぱり1曲目の20分以上もある『ダーク・スター(Dark Star)』だろう。他の曲も彼らの演奏はすばらしい。さすがにサイケデリック・ロックの雄というだけのことはあり、ヘッド・フォンで大音量で延々と聴いていると脳みそが溶けてきそうな最高のトリップ・ミュージックだ。

「デッドヘッズ」と呼ばれる熱狂的なファンを持つ彼らであったが、1995年のジェリー・ガルシアの死去によって解散してしまう。その後メンバーが集まってアザー・ワンズを結成、現在は「ザ・デッド」の名でライブ活動をしているようだが、やっぱり別物ではないだろうか。


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