2014年05月09日

ビットリオ・カタルディとアンジェリカ・アッタナシオのスタンド 元ネタ ジミ・ヘンドリックス『ファースト・レイズ・オブ・ザ・ニュー・ライジング・サン』より

ジョジョの奇妙な冒険の小説「恥知らずのパープルヘイズ」よりビットリオ・カタルディのスタンド「ドリー・タガー」と、アンジェリカ・アッタナシオのスタンド「ナイトバード・フライング」の元ネタは、ジミ・ヘンドリックス(Jimi Hendrix)の未発表ラスト・スタジオ・アルバム『ファースト・レイズ・オブ・ザ・ニュー・ライジング・サン(First Rays of the New Rising Sun)』の楽曲、6「ドリー・ダガー(Dolly Dagger)」と、3「ナイト・バード・フライング(Night Bird Flying)」である。

前回に引き続きジミ・ヘンドリックスだが、前回紹介した『エレクトリックレディランド』を発表後、ジミが次回作の構想として語っていたのが「1枚目はジプシーの小さなバンド(Little Band of Gypsies)」、2枚目が新しい夜明けの最初の光(First Rays of the New Rising Sun)」になるだろうというものだ。

しかしこの頃の彼らを見た、かつてのマネージャー、チャス・チャンドラーは彼らのことを「三人のソリストの寄合い所帯だ」と語っている。このようにこの時期の彼らは本当にバラバラだった。特にベースのノエル・レディングは自身のバンド、ファット・マットレスを結成しそこでギターを弾いていた。エクスペリエンスの解散は目前にせまっていた。

そして4月に始まるツアーのためにアメリカに戻ってきたジミは、3月25日にジャズギタリストのジョン・マクラフリンとベーシストのデイヴ・ホランドとジャム・セッションを行い、ジャズのアプローチ方法に刺激を受け、より実験的な方向に進んでいく。そして5月3日に公演先のトロントの空港で麻薬の不法所持で逮捕される。この時の事を10「ステッピング・ストーン(Stepping Stone)」で歌っている。内容は「飛行機の中も安心できない・・・パクられちまった」というもので、どうもこの事件は仕組まれたような感じがする。この当時横行していた見せしめの意味をこめたロック・スター狩りの一環だろう。ドラッグをやっていたのは事実だが、この時カバンに入っていたというのが、どうも匂うのだ。

その後も数々のセッションを繰り返したジミは、6月8日のインタビューでオリジナル・メンバーでのエクスペリエンスの活動停止を宣言する。そして同月の20日から22日行われたニューポートポップフェスティバルに出演し、翌週にコロラド州デンバーで開かれたデンヴァー・ポップ・フェスティバルでエクスペリエンスの正式な活動停止を発表し、この日を最後にノエルは脱退を表明する。

そしてジミが次に目指したのが、3人編成のロックバンドではなく、メンバーの人数も、音楽のジャンルもこだわらない、演奏もジャム・セッションを基本としたバンドである。具体的にはジャズ・ピアニスト、サン・ラがやっていたビッグ・バンドのようなものらしい。そして集めたのが旧友のベーシスト、ビリーコックス、ギターのラリー・リー、コンガ・プレイヤーの二人、ジェリー・ヴェレツとジュマ・サルタン。そしてドラムをバディ・マイルスと迷った挙句、エクスペリエンスのミッチ・ミッチェルに決定する。この大所帯で結成されたのがジプシー・サンズ・アンド・ザ・レインボーズである。彼らは8月15日から3日間行われるウッドストック・フェスティバルを目指して、セッションを繰り返す。

そして伝説のウッドストック・フェスティバルはピーク時には40万人が詰めかけた。当初は有料の予定であったが、色々なトラブルが急増し、結局フリー・コンサートとなる。ちなみに前売り券を購入したのは6万人だったという。そんな伝説のフェスティバルに彼らは、18日の朝8時にステージに立ち大トリを飾ることに。そこで伝説となっている演奏が、ジミがギターで弾いたアメリカ国歌「The Star-Spangled Banner」である。この時の会場の雰囲気は異様なものだったらしい。

その後さらにジャズに興味を示していたジミは、当時ジャズのレーベルを持っていたアランダグラスと契約してしまう。この事が後々ジミの作品の販売権の問題にひびいてくる。そしてアランの紹介でジャズの帝王、マイルスデイヴィスにも会い、彼の家にも招かれ、多くのことを吸収する。その頃クインシージョーンズにも出会っている。

そして10月にジプシー・サンズ・アンド・ザ・レインボーズを解散し、ベースのビリー・コックスとドラムのバディ・マイルスの3人でバンド・オブ・ジプシーズを結成する。しかし短期間で解散し、ミッチ・ミッチェルとビリー・コックスの3人になる。そしてこのメンバーで8月にワイト島ポップフェスティバルに出演する。そして9月18日、イギリスはロンドンのサマルカンド・ホテルにて急死する。睡眠薬を大量に飲んだため、睡眠中の嘔吐による窒息死ということになっている。しかし数日前のインタビューで彼は「28歳までは生きるつもりはない。」と語っているのを読むと、自殺という説も出てくる。

そんなギターの神様が残した楽曲が、彼の死後、頻繁に発売されている。そんな中の決定版が今回の元ネタになっている曲が収録されている『ファースト・レイズ・オブ・ザ・ニュー・ライジング・サン』である。6「ドリー・ダガー(Dolly Dagger)」は、なかなか軽快な楽曲で、当時のジミの恋人ディーボン・ウィルソンに捧げた曲らしい。このレコーディングの時も彼女はスタジオに来ていたという。3「ナイト・バード・フライング(Night Bird Flying)」は、それほどサウンドに工夫があるわけではないが、後半に披露されるジミのギター・プレイは必聴だ。アルバム全体ではジミの非常にストレートなギター・プレイが堪能できて、とてもわかりやすいのではないだろうか。エクスペリエンス時代のような音を加工した実験的なものではなく、非常に聴きやすいアルバムに仕上がっていると思う。

残りはマッシモ・ヴォルペのスタンド「マニック・デプレッション」であるが、これは同じくジミヘンドリックスエクスペリエンスのデビュー・アルバム『アー・ユー・エクスペリエンスト?(Are You Experienced)』の2曲目「マニック・デプレッション(Manic Depression)」が元ネタである。このアルバムはパンナコッタ・フーゴの時に触れているので参考に。最後におまけでスタンド「ヴードゥー・チャイルド」の本体シィラ・カペッツート(シーラE)の元ネタは、そのままシーラ・Eであるが、彼女はプリンスに見出されたアーティストだが紹介する作品がないので名前だけ、ということで第5部を終わりたいと思う。


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