2014年06月12日

エンリコ・プッチ神父がグッチョの頭の中に入れた普通のCD エリオット・ガーディナー指揮のヘンデル作曲『メサイア』

今回も、いつものような元ネタではないのを紹介しよう。ストーンオーシャンの単行本10巻の「F・F-目撃者 そのA」でエンリコ・プッチ神父がグッチョの頭の中に、スタンドのディスクの代わりに入れた普通の音楽CD、ジョン・エリオット・ガーディナーが指揮した、82年録音のヘンデル作曲のオラトリオ『メサイア』フィリップス原盤。

まずは作曲者ヘンデルの説明から、1685年にドイツで生まれ、同じ年、同じ国に生まれたバッハと共にバロック時代後期を代表する作曲家。ドイツを出て、イタリアで数年過ごした後、1712年にはイギリスのロンドンに活動の拠点を移し、以降30年ほどオペラを中心に作曲して活躍。その半ばの1727年にはイギリスに帰化している。その後オペラの衰退と共にどん底に落ちた彼に、アイルランド、ダブリン市の慈善音楽団体「フィルハーモニー協会」から新作の作曲と演奏の依頼を受けたのが1941年のことである。

それに応じてわずか3週間ほどで全53曲からなる超大作のオラトリオ『メサイア』を書き上げる。そして翌42年にダブリンにおいてヘンデル自身の指揮で演奏され、大成功を収める。ちなみにオラトリオとは、聖書などから材をとった宗教的なオペラのことだが、オペラのような衣装や舞台装置、演技などはなく、独唱、合唱、オーケストラによって演奏されるものである。そしてメサイアとは、ヘブライ語「メシア」の英語読みで、一般に「救世主」と訳される。つまりイエス・キリストのことである。

この『メサイア』という曲は、1曲目から21曲目の預言とキリストの降誕、22曲目から44曲目のキリストの受難と贖罪、45曲目から53曲目のキリストの復活と永遠の生命、という三部構成になっている。そしてこの曲の最大の聴き所で、プッチ神父も酔いしれているのが第2部のクライマックスにおける「ハレルヤ」の大合唱である。ちなみにハレルヤとは、ヘブライ語で「主よ讃えよ」という意味で、この言葉がバリトン、テノール、アルト、ソプラノと各声域で繰り返される。この部分は多分誰でも聞いたとこがあるのではないだろうか。とにかく圧巻のコーラスだ。

そしてこの曲の名盤として知られているのが、プッチ神父も最高の名演と褒めたたえている、ジョン・エリオット・ガーディナー指揮の82年の録音盤である。1943年に生まれたガーディナーは、15歳ですでに合唱の指揮をし、その後ケンブリッジ大学在学中の1964年にはモンテヴェルディ合唱団を結成し、66年に同合唱団を指揮して正式にデビューを飾っている。翌67年に演奏されたモンテヴェルディの『聖母マリアの夕べの祈り』が高い評価を得る。さらに68年にはモンテヴェルディ管弦楽団を結成し、合唱団、管弦楽団を率いてヨーロッパ各地を回り、注目を集める。69年にはイングリッシュ・ナショナル・オペラにてオペラ指揮者としてもデビューしている。

77年には前述の管弦楽団を「イングリッシュ・バロック・ソロイスツ」に改編。その後も83年から88年までリヨン国立歌劇場の音楽監督を務め、81年から91年まではゲッティンゲン・ヘンデル音楽祭の芸術監督を務め、多忙を極める。90年にはオリジナル楽器によるロマン派の作品の演奏を目的とした「オルケストル・レヴォリューショネール・エ・ロマンティーク」を創設する。さらに91年から94年まで北ドイツ放送交響楽団の首席指揮者を務めている。

2000年にはバッハの教会カンタータ全曲を欧米各地の教会で演奏するツアー「バッハ巡礼」を敢行している。さらに2005年には自らのレーベル「Soli Deo Gloria」を設立するなど、本当に幅広く活躍している。そして指揮する曲のレパートリーもまた幅が広い。声楽曲などに名盤が多いが、ベートーベンの交響曲全集なども名盤として挙げられている。古楽器派と呼ばれる、作曲家が生きていたその当時のオリジナル楽器による演奏の代表的な指揮者として知られているが、それだけに止まるほどの人物ではない。


posted by captainhiltz at 22:45| Comment(0) | TrackBack(0) | クラシック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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