2014年06月26日

ジョニィ・ジョースターの愛馬スローダンサーの元ネタ アメリカのシンガー・ソングライター ボズ・スキャッグスのアルバム『スロー・ダンサー(Slow Dancer)』

ジョニィ・ジョースターの愛馬「スローダンサー」の元ネタは、アメリカのシンガー・ソングライター、ボズ・スキャッグス(Boz Scaggs)のアルバム『スロー・ダンサー(Slow Dancer)』。

1944年6月にアメリカはオハイオ州に生まれた彼は、その後少年時代をテキサス州で過ごし、12歳でギターをはじめ、高校時代にスティーヴ・ミラーと出会い、ブルース・バンドを結成してヴォーカルを務める。2人は同じ大学に進み、そこでもブルース・バンドを組んで活動するが、1年で大学を中退した彼は陸軍に入隊し、除隊後はR&Bバンドを組んでイギリスへ渡るが当時のイギリスはビートルズの嵐が吹き荒れており、アメリカ出身の彼らに活躍の場は無くあえなく解散し、1人でヨーロッパを放浪することに。その後スウェーデンのストックホルムでスカウトされ、アルバム『Boz』を発表する。そし旧友スティーヴ・ミラーの誘いを受けてアメリカに帰り、彼が結成したスティーヴ・ミラー・バンドに加入し、『未来の子供たち(Children of the Future)』、名作『セイラー(Sailor)』を生み出す。その後バンドを脱退した彼は、友人のヤン・ウェナーの紹介で、アトランティック・レコーズと契約し、マッスル・ショールズ・スタジオでソロ・アルバムの制作を開始する。そしてこの時、ここのスタジオ・ミュージシャンであった、まだ無名のデュアン・オールマンをパートナーに起用する。デュアンはこの後オールマン・ブラザーズ・バンドを結成して一躍有名になる。そこで生まれたのがボズのアメリカでのデビュー・アルバム『ボズ・スキャッグス&デュアン・オールマン(Boz Scaggs)』である。日本ではこのようにボズとデュアンが同等の扱いでタイトルが付いているが、あくまでボズのソロ・アルバムである。しかしこの後の彼は、デュアンと共演したのが嘘のように、ブルース色は薄まり、よりポップな、より洗練された大人のロックへと変貌を遂げることになる。その始まりが、70年発表の『モーメンツ』ぐらいからだろうか。その後も72年に『マイ・タイム』、そして74年には今回の元ネタになっている『スロー・ダンサー』を発表し、バラードを主体にしたR&B路線、あるいはブルー・アイド・ソウル路線を進んでいく。そして76年に発表した『シルク・ディグリーズ(Silk Degrees)』でその頂点を極める。このアルバムはAORの代表的な名盤として認知されている。AORとは、アダルト・オリエンテッド・ロックの略で日本でしか通用しない呼び方だ。要は大人向きのロックということだろうが、昔はこのジャンルの良さが全くわからなかった。聴いていても退屈としか思わなかったのだ。しかし今改めて聴くとなかなか悪くない。このアルバムもタイトル・トラックの「スロー・ダンサー」はもちろん名曲なのだが、個人的には「愛を見つけて(There Is Someone Else)」が大好きだ。私が好きな歌手ヴァン・モリソンをほうふつとさせる魂のこもったヴォーカルが素晴らしい。ヴァン・モリソン(Van Morrison)もブルー・アイド・ソウルのアーティストとして紹介されることが多い。ソロの時代もいいのだが、バンド、ゼム(Them)の時代の黒いヴォーカルが暑苦しくて最高だ。このような大人しいロックの良さがわかり始めたのも、ヴァン・モリソンの『アストラル・ウィークス(Astral Weeks)』を聴いてからだ。このアルバムは、個人的には生涯のベスト10に入る作品だ。

話がちょっとそれてしまったがこの『スロー・ダンサー』は、派手さのある、一回聞いてすぐわかるようなアルバムでは決してないと思う。だからこそじっくり何回も聴いてその良さをわかってほしい。上記に挙げた2曲以外でも演奏もボズのヴォーカルも超一級品だ。


posted by captainhiltz at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | ロック/ポップス その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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