2014年07月01日

ジャイロ・ツェペリのスタンド、ボール・ブレイカーの元ネタ オーストラリアのハード・ロック・バンド AC/DCのアルバム『ボールブレイカー(Ballbreaker)』

ジャイロ・ツェペリのスタンド「ボール・ブレイカー」の元ネタは、オーストラリアのハード・ロック・バンド AC/DCのアルバム『ボールブレイカー(Ballbreaker)』。

AC/DC、3度目の登場。詳しくは第6部のサンダー・マックイイーンの回を参考にしていただきたい。今回は1979年発売の『地獄のハイウェイ(Highway To Hell)』以降から。翌80年2月19日に、初代ヴォーカリストのボン・スコットが急死する。死因は睡眠中、嘔吐物を喉に詰まらせての窒息死であった。ドラッグの過剰摂取や自殺説まで噂が飛び交った。当初バンドは解散も考えたらしい。しかしボンはそのようなことは望んでいないだろうという結論に達し、継続することに。そして彼の後任のヴォーカリストを探すのだが、2人ほど打診するが断られてしまう。その後マネージャーに薦められて、日本では全く知られていないイギリスのバンド、Geordieでヴォーカルを務めていたブライアン・ジョンソンを迎えることに。知られていないがシンプルなロックン・ロールやブギをベースにした非常にキャッチーなバンドでブライアンもこの頃はバラードを歌い上げたりしていたが、AC/DCの姿からは想像つかない。当時流行していたグラム・ロックの旗手のような存在に祭り上げられていた。デビュー・アルバム『Hope You Like It』収録の「All Because Of You」は名曲ではないだろうか。そんなバンド出身だけに、当初AC/DCのメンバーはバンドのカラーに合わないと思ってたらしい。しかしそんな心配も無用のものだった。

新生AC/DCは、80年7月に『バック・イン・ブラック(Back In Black)』を発売する。全英チャートで見事1位を、全米でも最高4位を記録し、現在までに全世界で5000万枚近い売り上げを記録している。これほど売れて、一般受けするようなヴォーカルではない。最初このブライアンの声を聞いた時には非常に驚いた。どこから出ているのかと疑問に思うような強烈な声だ。それでもこれだけ売れたのだから、いかに楽曲が良かったかということだろう。翌81年に発表した『悪魔の招待状』で念願の全米1位を獲得する。しかしこの後メンバーの解雇などもあり低迷の時期に入る。

そして88年に発表した『ブロウ・アップ・ユア・ヴィデオ(Blow Up Your Video)』で復活の兆しが見え、90年の『レイザーズ・エッジ(The Razors Edge)』によって完全復活を遂げる。ちなみに『ブロウ・アップ・ユア・ヴィデオ』は全英4位、全米12位。『レイザーズ・エッジ』は、全英4位、全米2位を記録し、全米だけで300万枚以上の売り上げを記録する。このアルバムは本当によく聴いた。『地獄のハイウェイ』、『バック・イン・ブラック』にも決して引けをとらない名盤だ。

そして1995年に発表されたのが、今回の元ネタになっている『ボールブレイカー(Ballbreaker)』だ。ビースティ・ボーイズやRun-D.M.Cなどのヒップ・ホップや、レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、スレイヤー、メタリカなども手がけた敏腕プロデューサー、リック・ルービンを迎えて制作された5年ぶりのアルバムは、母国オーストラリアなどでチャート1位を獲得し、全英6位、全米4位を記録している。このように世界中でヒットしたが、これぞというキラー・チューンがないのもまた事実だ。しかしその分、聴きこめば聴きこむほど味が出てくるアルバムだ。全体的にスピード感は無く、ブルージーな仕上がりだ。特にギター・リフ、ギター・ソロが非常に多彩で耳に残る。全体的に渋いが、何回聴いても飽きのこない作品だ。


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