2014年07月02日

ジャイロ・ツェペリの鉄球に現れた右目に刻まれた文字TURBOの元ネタ イギリスのヘヴィ・メタル・バンド ジューダス・プリーストのアルバム『ターボ(Turbo)』

今回は多少強引だが、この文字を見た時にこのアルバムを思い浮かべたので紹介しておこう。ジャイロ・ツェペリが遺体の右目を手に入れて、鉄球に出現した右目(スタンド名 スキャン)に刻まれた文字TURBOを見て、イギリスのヘヴィ・メタル・バンド、ジューダス・プリースト(Judas Priest)のアルバム『ターボ(Turbo)』を思い浮かべた。ジャイロのもう一つのスタンド、ボール・ブレイカーの元ネタAC/DCも同じような時期から活躍しているハード・ロック、ヘヴィ・メタル・バンドなので調度いいだろう。

高校の同級生だったギターのK・K・ダウニングとベースのイアン・ヒルが、イギリスはバーミンガムで1969年に結成したのがジューダス・プリーストである。そして72年に初代ヴォーカル、アラン・アトキンスの後任として、当時ロンドンのグランドシアターで照明係を務めていたロブ・ハルフォードを迎え、さらにドラムのジョン・ヒンチ、そして最後に加入したのが今やジューダスの顔とも言うべきギタリストのグレン・ティプトンである。

そして74年に、デッカ・レコードが新設したガル・レーベルと契約。その年の8月にシングル「ロッカ・ローラ」でデビューを飾り、翌9月にはデビュー・アルバム『ロッカ・ローラ(Rocka Rolla)』を発売。この作品は、コカコーラをパロディにしたタイトルといい、ジャケットといい、はっきり言ってダサい。内容は悪くないのだが、ジューダスの歴史でこのジャケットはらしくない。

本当の意味での彼らの歴史が始まるのが、76年3月に発売した『運命の翼(Sad Wings of Destiny)』からだ。これは文句無く彼らの代表作の1枚だ。その後、契約等の問題でガル・レーベルを離れた彼らは、77年にメジャー・レーベルのCBSと契約。同年4月にディープ・パープルのロジャー・グローヴァーをプロデューサーに迎え、そしてセッション・ドラマー、サイモン・フィリップスの力を借りて発表したのがメジャー・デビュー・アルバム『背信の門(Sin After Sin)』だ。

そして正式なドラマー、レス・ビンクスを迎えて78年に発表されたのが、またもや名盤の『ステンド・クラス(Stained Class)』。この年にはさらに『殺人機械(Killing Machine)』も発表。しかしレス・ビンクスもすぐに脱退し、新たにデイヴ・ホランドを迎え、またもや名盤『ブリティッシュ・スティール(British Steel)』を1980年に発表する。1枚おきに名盤と書いているが、全然誇張ではないと思う。その後も1枚をおいて82年に『復讐の叫び(Screaming for Vengeance)』が大ヒットする。

そして間に1枚『背徳の掟(Defenders of the Faith)』を置いて86年に発表されたのが、『ターボ(Turbo)』である。順番から行けば名盤になりそうなものだが、当時は賛否両論だった。特にギター・シンセサイザーがそれまでのファンには評判が良くなかった。曲もポップなものが多く、売れ線に走ったのではと思われたものだ。たしかに非常に聴きやすく、万人受けしそうだ。ロブのハイトーン・ヴォーカルもそれほど耳をつんざくものではない。ジューダスの本領が発揮されているかといえば、されていないだろう。この後『ラム・イット・ダウン(Ram It Down)』をはさんで、メタル・オブ・ゴッドの名にふさわしい世紀の名盤『ペインキラー(Painkiller)』が1990年に発売される。紹介しといて何だが、『ペインキラー』を聴いてしまうと『ターボ』は甘っちょろいというのが正直な意見だ。今回は多少強引な元ネタだったので賛同を得られないと思うが参考までに。


ラベル:TURBO
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