2014年07月08日

サンドマンのスタンド、イン・ア・サイレント・ウェイの元ネタ アメリカのジャズ・トランペット奏者 マイルス・デイヴィス(Miles Davis)のアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ(In a Silent Way)』

サンドマンのスタンド「イン・ア・サイレント・ウェイ」の元ネタは、アメリカのジャズ・トランペット奏者マイルス・デイヴィス(Miles Davis)のアルバム『イン・ア・サイレント・ウェイ(In a Silent Way)』。

マイルス・デイヴィスは、第6部のグリーン・ドルフィン・ストリート刑務所ウェザー・リポートの時にふれいてちょっと重複するが、グリーン・ドルフィン・ストリート刑務所の時に紹介した『ブラックホークのマイルス・デイビス』の後あたりから振り返っておこう。『ブラックホーク』の1ヶ月後にニューヨークのカーネギーホールで行なわれたライヴの模様を収録したアルバム『マイルス・デイヴィス・アット・カーネギーホール』を発表。翌63年に『クワイエット・ナイト』、『セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン』というマイルスにしてはあまり重要じゃないアルバムを連発する。この頃は名作『カインド・オブ・ブルー』の後に脱退したテナー・サックスのジョン・コルトレーンの穴を埋めることが出来ず、スタジオでのレコーディングをほとんど行なっていない。そして名作ライヴ・アルバムを連発することになる。順番に『マイルス・デイヴィス・イン・ヨーロッパ』、『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』、『フォア&モア』、『マイルス・イン・トーキョー』、その次が、ようやく理想のテナー、ウェイン・ショーターを獲得して収録されたライヴ・アルバム『マイルス・イン・ベルリン』である。そしてマイルス以下、テナーのウェイン・ショーター、ピアノのハービー・ハンコック、ベースのロン・カーター、ドラムのトニー・ウィリアムスという完璧な布陣で初のスタジオ・アルバム『E.S.P.』を65年に発表する。このアルバムで初めて8ビートを取り入れた曲を吹き込み、ロックを意識したのかと思ったが、もしかしたら当時大ヒットしていたリー・モーガンの『ザ・サイドワインダー』の影響かもしれない。このアルバムは、1963年の年末に発売され、ビルボードのポップス・チャートで最高25位を記録する、ジャズとしては異例のヒット作品である。

そしてマイルスは翌66年に名作『マイルス・スマイルズ』を発表。翌67年には、『ソーサラー』、『ネフェルティティ』という対のようなアルバムを発表。なぜ対かと言うと、両作ともマイルスの楽曲は無く、まず『ソーサラー』では、ウェイン・ショーターが4曲、ハービー・ハンコックとトニー・ウィリアムスが共に1曲ずつ、続いて『ネフェルティティ』では、ショーターが3曲、ハンコックが2曲、ウィリアムスが1曲という配分で、まるでウェイン・ショーターの作品にマイルスがゲスト参加しているような感じに映るが、中身は紛れも無くマイルスのサウンドに仕上がっている。レコーディングされたのも67年の5月と6月で、ジャケットも並べると、まるで『ソーサラー』の、のちにマイルスの妻になるシシリー・タイソンと、『ネフェルティティ』のマイルスが向かい合っているようになる。2枚組にしてもよかったのでは、と思うぐらいサウンドもあまり差異はない。

その後68年に『マイルス・イン・ザ・スカイ』で、ハンコックにエレクトリック・ピアノを、ロン・カーターにエレクトリック・ベースを弾かせ、よりロックに接近する。しかしこの2人ともエレクトリック楽器がしっくりいっていなかったのか、マイルスは次作『キリマンジャロの娘』では2曲ではあるが、ハンコックをチック・コリアに、ロン・カーターをデイヴ・ホランドに変えている。この後ロン・カーターはエレクトリック・ベースを弾くのを嫌って脱退する。

そして翌69年に発表したのが、今回の元ネタになっている『イン・ア・サイレント・ウェイ』である。この作品で特筆すべきはやはり、2曲目の「イン・ア・サイレント・ウェイ」の作曲者でオルガンのジョー・ザヴィヌルと、本格的なエレキ・ギターのジョン・マクラフリンの加入だろう。チックコリアも前作に引き続き参加している。ちょうどこの頃マイルスは、ジェームス・ブラウンやジミ・ヘンドリックス、スライ&ザ・ファミリー・ストーンを好んで聴いていたという。最初ジョー・ザヴィヌルが書いてきた「イン・ア・サイレント・ウェイ」は非常に複雑だったらしく、それをマイルスによってシンプルに仕上げられたのだ。マイルスは、自伝でも「もっとロック的なサウンドにしたかったんだ。」と語っている。しかしロックっぽくはない、上記のアーティストを考えるとファンクに近いかも。でもはっきり言ってジャンル分けするのは非常に難しいし、無意味だ。マイルスが、誰も聞いたことがない音楽をやりたかったと語っているように、当時は今までにない音楽だったのだろう。その証拠に、今でこそ名盤として認められているが、当時のジャズ評論家からはかなり酷評されたようだ。最後にあえて言うなら、ジャンルはマイルス・ディヴィスだ。


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