2014年08月16日

リンゴォ・ロードアゲインの元ネタ アメリカのカントリー歌手 ウィリー・ネルソン(Willie Nelson)の楽曲「オン・ザ・ロード・アゲイン(On The Road Again)」                       スタンド「マンダム」の元ネタ アメリカのカントリー歌手ジェリー・ウォレスの楽曲「マンダム〜男の世界」

ファニー・ヴァレンタイン大統領がジャイロたちに送り込んだ刺客リンゴォ・ロードアゲインの元ネタは、アメリカのカントリー歌手、ウィリー・ネルソン(Willie Nelson)の楽曲「オン・ザ・ロード・アゲイン(On The Road Again)」。
リンゴォの部分は元ビートルズのドラマー、リンゴ・スターからきているということになっているみたいだが、リンゴォがガンマンなのを考えると西部劇によく登場し、開拓時代に実在した無法者リンゴ・キッドからとっているのではと個人的には思うのだが。リンゴ・キッドを演じた特に有名な俳優は、やっぱりジョン・ウェインだろう。彼が1939年公開の西部劇を代表する名作『駅馬車』の時に演じた主人公がリンゴ・キッドである。
ちなみにリンゴォ・キッドと表記された小説が日本のハード・ボイルドで存在する。タイトルは『リンゴォ・キッドの休日』というもので西部劇とは関係がないが、矢作俊彦氏が書いた警察ものの名作だ。

1933年の4月にアメリカはテキサス州のアボットに生まれたウィリー・ネルソンは、生まれて半年で母親が蒸発し、さらに父親もすぐに再婚したために姉妹と共に祖父母に育てられた。そして祖父からギターを習い、祖母からは作曲を習ったという。7歳の時に最初の曲を書き、9歳で地元のバンドで演奏していたという。その後ダンス・ホールや居酒屋で歌って稼ぐようになる。高校卒業後はアメリカ空軍に入隊し、そして除隊後は大学で農業と経営学を学ぶ。その後はセールス・マンやナイトクラブでの用心棒などいろんな仕事を転々とする。

1955年に初のレコーディングを行い、「The Storm Has Just Begun」、「When I've Sung My Last Hillbilly Song」という2曲のデモテープを制作し、ローカル・レーベルに送るがレコーディングにまでは至らなかった。その後フォートワースの放送局でカントリー番組のホストを務めることに。

1960年にカントリー・ミュージックの中心地ナッシュビルに移った彼は、ナイト・クラブに出演中にハンクコクランに認められレイ・プライスのバンドにベーシストとして加入することに。ここでレイに提供した名曲「ナイト・ライフ(Night Life)」がヒットし、その後もファロン・ヤングに「Hello Walls」、ロイ・オービソンに「Pretty Paper」、パッツィ・クラインに「Crazy」とそれぞれ提供し、作曲家としての実力を示すことに。
61年にようやくリバティ・レコードと契約し、数枚のシングルののち1962年にデビュー・アルバム『And Then I Wrote』を発表する。65年にはRCAヴィクターと契約し『Country Willie – His Own Songs』、『Shotgun Willie』、『Phases and Stages』などの数枚のアルバムを作り、71年にはテキサス州オースティンに拠点を移す。1973年にはアトランティックに移籍して、『Red Headed Stranger』を75年に発表し、シングル・カットした「雨の別離(Blue Eyes Crying in the Rain)」がビルボードのカントリー・チャートで1位を獲得し、グラミー賞も受賞する。ちなみにこの曲はオリジナルが1947年にソングライターのフレッド・ローズがつくった曲で、カントリー歌手のロイ・エイカフが録音していたものである。その後同じくカントリー歌手のウェイロン・ジェニングスとのコンビで数々のヒット曲を放つ。

その後1985年には、ハリー・ベラフォンテが中心になって作られたプロジェクト、USAフォー・アフリカの「ウィ・アー・ザ・ワールド(We Are The World)」に参加する。個人的にはこの時のビデオ・クリップで彼を初めて知った。なんとも弱々しい独特の歌声だなぁと思ったのがなつかしい。その後もコンスタントに作品を発表し、2013年にはシェリル・クロウやノラ・ジョーンズ、ドリー・パートンなど一流女性アーティストと共演したアルバム、その名も『デュエッツ(To All the Girls...)』を発表し全米アルバムチャートでトップ10入りを果たしている。2013年に80歳を迎えた彼に祝福のコメントを寄せたアーティストのメンツが「スゴイ」の一言だ。ニール・ヤング、スティーブン・タイラー(エアロスミス)、リンゴ・スター、トニー・ベネット、ロブ・ハルフォード(ジューダス・プリースト)、サンタナ、イギー・ポップ、スティング、フリオ・イグレシアス、ポール・アンカ、シェリル・クロウ、オジー・オズボーン、バーブラ・ストライサンドなど他にも多数だが、いかに彼が慕われているかの証明になるであろう。

「オン・ザ・ロード・アゲイン」は、そんな彼が1980年に発表し、彼自身9曲目となる1位獲得の楽曲だ。1位と言ってもカントリー・チャートではあるが、ポップチャートでも20位を記録する大ヒットとなり、グラミー賞も受賞している。この曲は1980年にウィリーネルソンが主演も務めた映画『忍冬(すいかずら)の花のように(Honeysuckle Rose)』のために書いてヒットした曲だが、今ではカントリーを代表するといっても過言ではないだろう。この他にもトム・ハンクス主演の映画『フォレストガンプ』で使用されているのが有名だろうか。

ちなみに彼は役者としても1979年の映画『出逢い』を筆頭に数多くの映画やドラマに出演し、アニメで声優も経験している。

今回の元ネタはあまり自信がないし、それほど興味があるアーティストではないので非常に苦労したというのをくんでいただきたい。

追加でリンゴォ・ロードアゲインのスタンド「マンダム」の元ネタを紹介しようと思ったが、手に入るCDが見つからなかったので曲名だけ挙げておこう。はっきり言ってこのキャラクターとスタンドの元ネタは、個人的にはわからなかった。ネットなどの意見を参考にすると、1970年に日本の男性用化粧品メーカー、丹頂株式会社がアメリカの俳優チャールズ・ブロンソンをイメージ・キャラクターに起用した「マンダム」シリーズが元になっているようだ。そしてこのCMで流れて日本でヒットしたのが、アメリカのカントリー歌手、ジェリー・ウォレス(Jerry Wallace)が歌う「男の世界(Lovers Of The World)」だ。ちなみに再発売された時の日本盤のタイトルは「マンダム〜男の世界」である。そしてこの化粧品のヒットを受けて、丹頂株式会社は社名を株式会社マンダムと変更する。


posted by captainhiltz at 23:14| Comment(0) | TrackBack(0) | ロック/ポップス その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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