2014年03月16日

吉良吉影のスタンド、キラークイーン、シアーハートアタックの元ネタ クイーンの『シアー・ハート・アタック』より

このシリーズ最強、最大の敵、吉良吉影のスタンドで、触れた物を爆弾に変える能力の「キラークイーン」とその第二の爆弾で、ドクロをあしらった丸い物体にキャタピラがついた形のスタンド「シアーハートアタック」の元ネタは、イギリスのハード・ロック・バンド、クイーンの3rdアルバム『シアー・ハート・アタック(Sheer Heart Attack)』から取られている。

クイーンは、天文学の博士号を持つギタリスト、ブライアン・メイとロンドン大学で学んだドラムもロジャー・テイラーによって結成されたスマイルというバンドが母体となっている。そこにグラフィック・デザイナーの心得もあるヴォーカルのフレディ・マーキュリー、そしてオーディションで参加したベースのジョン・ディーコンが加わり、クイーン(Queen)が結成される。ちなみにジョンは電子工学の名誉学位を持っている。

このように彼らには、従来のロック・ミュージシャンにありがちな、貧しさから抜け出すためや、社会からドロップアウトしたためといった負の要素はみじんもない。バンド結成当初はそんな出自の良い彼らのお遊び的なバンドと思われたのかもしれない。だから評論家からは「レッド・ツェッペリンなどのいろんな先輩バンドの良い所を寄せ集めただけのバンド」と酷評される。

アルバム1枚目、2枚目と思ったような結果が出なかったが、ようやく今回元ネタになっている3rdアルバム『シアー・ハート・アタック』でブレイクする。先行シングル2「キラー・クイーン(Killer Queen)」が母国イギリスで2位を記録し、全米でも初のトップ20入りを果たす。アルバムも全英2位、全米12位の記録を残す。アルバム・トータル・セールスも現在までで、全世界で800万枚以上のビッグ・セールスを記録している。そして1974年のこの年イギリスの音楽新聞「メロディ・メーカー誌」がバンド・オブ・ザイヤーとして彼らを選出したのだ。

元ネタになっている「キラークイーン」はもちろん名曲だが、個人的にはスラッシュ・メタルの代表的バンド、メタリカが昔からカヴァーしている8「ストーン・コールド・クレイジー(Stone Cold Crazy)」の荒々しいかっこよさが大好きだ。一般的にはフレディの綺麗なヴォーカルに注目がいくようだが、1「ブライトン・ロック(Brighton Rock)」のような激しい曲も注目だと思う。

デビュー当時の彼らを支えたのは、10代の少女たちだった。彼女らは、評論家が酷評するのもどこ吹く風と、彼らに熱中していった。特に日本において、本国イギリスやアメリカなどより、はるかに熱い声援で歓迎されたのも彼らの特徴である。その証拠に彼らの初来日の際には、空港に1200人のファンが押し寄せた。

彼女たちにとって、ロックやポップスに目覚めたときには、もうビートルズは解散して存在せず、かと言ってレッド・ツェッペリンだと男くさく、ワイルドすぎたのだろう。そこにちょうど登場したのが彼らであった。パリ・コレ常連のデザイナーが手がけたフレディのステージ衣装は、レースやリボンが施されたもので、どこか中世のヨーロッパを想起させ、ちょっと浮世離れした独特の彼らの世界観が彼女たちを虜にさせたのかもしれない。


2014年03月18日

吉良吉影のスタンド、バイツァ・ダストの元ネタ クイーンの曲「アナザー・ワン・バイツァ・ダスト」

前回に引き続いて吉良吉影のスタンドから、彼が再び「矢」に射抜かれたことにより発現した第三の爆弾「バイツァ・ダスト」の元ネタは、こちらも前回に続いてクイーンの8枚目のアルバム『ザ・ゲーム(The Game)』に収録されている3曲目「地獄へ道づれ (Another One Bites The Dust)」である。

前回紹介した『シアー・ハート・アタック(Sheer Heart Attack)』の後彼らは、1年に1枚のペースで順調にアルバムを発売している。まず翌年の1974年には、彼らの作品の中で1番の名盤との呼び声が高い『オペラ座の夜(A Night at the Opera)』を発表し、シングルカットされた「ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)」はロック史上に残る名曲として認知されている。

1977年に発表された『世界に捧ぐ (News Of The World)』からは、「ウィ・ウィル・ロック・ユー(We Will Rock You)」、「伝説のチャンピオン(We Are the Champions)」という名曲が生まれている。ちなみにこのアルバムの3曲目に前回紹介した『シアー・ハート・アタック』のタイトル・トラックが収録されている。

そして1980年に発表されたのが、今回の元ネタになっている曲3「地獄へ道づれ(Another One Bites The Dust)」が収録されている『ザ・ゲーム(The Game)』だ。彼らの作品の中で唯一このアルバムだけが全英、全米ともに1位を獲得している。アルバム・トータル・セールスも全米だけで400万枚を超え、全世界で1000万枚以上のビッグ・ヒットになっている。シングルも元ネタになっている3「地獄へ道づれ」と5「愛という名の欲望(Crazy Little Thing Called Love)」が全米1位を記録している。

「地獄へ道づれ」は今までの彼らの曲調からは考えられない、非常にファンキーな曲だ。ブライアン・メイのカッティング・ギターもいいが、ここではジョン・ディーコンのベースが非常にがんばっている。もう1つの全米1位「愛という名の欲望」もロカビリー調という今までにない曲に仕上がっている。他にも彼らの新しい面が聴ける曲が多く、非常にバラエティに富んでいる。そのため、これまでの作品のようにアルバムとしての統一感は無いに等しい。この新しいクイーンを認められないファンも多かったのではないだろうか。でも商業的には大成功だったことは否定できない。

2014年06月17日

ウンガロのスタンド、ボヘミアン・ラプソディーの元ネタ イギリスのロック・バンド クイーンの曲「ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)」

ディオの息子の1人ウンガロのスタンド「ボヘミアン・ラプソディー」の元ネタは、イギリスのロック・バンド、クイーン(Queen)の名曲「ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)」。

クイーンの説明は第4部の吉良吉影のシアーハートアタックバイツァ・ダストの回で触れているので、そちらを参考にしていただきたい。今回の元ネタの「ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)」は、1974年発表の『シアー・ハート・アタック』の次に、1975年の10月に発表されたクイーンの最高傑作との呼び声が高い『オペラ座の夜(A Night at the Opera)』からの第1弾シングルである。75年の発表から40年近く経った現在でも決して色あせることのない、ロック史上屈指の名曲だ。全英では9週連続1位を記録したが、アメリカでは最高9位止まりだった。イギリスではビートルズなどもおさえて最も売れた曲とされている。

冒頭のアカペラに始まり、作曲者フレディ・マーキュリーのピアノによる弾き語りバラードに突入し、そして突如始まる、意味不明の歌詞が続くオペラ部分、その後、激しいハード・ロックへと移っていき、再びバラードでラストへと向かっていく。歌詞の内容は分析してもほとんど意味がない。しかしこの曲はフレディが「自分は同性愛者だ」ということをカミング・アウトした作品だと見る向きもある。たしかにピアノの弾き語り部分で語られる「ママ、たった今、男を殺してきた」から始まる部分を読むと、そう感じないでもない。男という自分を銃で殺し、新しい自分に生まれ変わろうとしている告白のようにもとれる。しかしフレディは説明のようなものを一切していないので憶測の域を出ない。特に意味不明なのがオペラの部分である。ここには古典文学の登場人物が書かれているが、意味がわからない。スカラムーシュは、16世紀に起こり、17世紀にヨーロッパで流行した即興喜劇「コメディア・デラルテ」の道化のことである。そして天文学者のガリレオ・ガリレイも登場。フランスの劇作家ボーマルシェの戯曲『セビリアの理髪師』、その後日談の『フィガロの結婚』の主人公フィガロ。この後に出てくるビスミラという言葉も、イスラム教の聖典コーランの一節「ビスミラーヒ・ラクマニー・ラムヒ」から由来している。さらに新約聖書に登場する悪魔の王ベルゼブブも登場する。

こんな「ボヘミアン・ラプソディ」のレコーディングは難航を極め、多重録音を繰り返して出来上がったのがこの名曲である。そのためコンサートでは完璧に再現されたことはない。そしてこの曲は発売にあたって、多くの人が不安視していた。例えば、フレディと親交の深かったエルトン・ジョンは、「この曲は絶対に売れない」と、クイーンと共通のマネージャーに語っていた。発売元のEMIも難色を示したという。ラジオ局も6分もあるシングルをどうすればいいのか対応に苦慮した。さらにメンバーからも、ベースのジョン・ディーコンは、「この曲をリリースするのはクイーンのキャリアで最大の判断ミスになるのではないか。」と思ったという。それほど異質な曲だったということだろう。しかしいざ発売されると、あっという間に世界的に大ヒットするのだから、専門家の言うことも当てにならないものだな。

1991年の11月24日にフレディが死去して、翌92年に追悼で再発売され、再び全米ビルボードでチャート・インし、最高2位を記録している。売り上げもそうだが、ギネス・ブックのアンケートでも「英国史上最高のシングルは?」というので、見事1位に輝いている。「イマジン」、「ヘイ・ジュード」、「イエスタディ」を抑えてだ。

アルバムも、メンバー全員が作曲できる強みを遺憾なく発揮した名盤になっている。それでも「ボヘミアン・ラプソディ」の出来が群を抜いているのは確かだ。
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